大相撲ブルガリア出身力士の現在!琴欧洲や碧山の軌跡と帰化の真相
大相撲の長い歴史において、ヨーロッパ出身力士の道を切り拓き、土俵に旋風を巻き起こしたブルガリア出身力士たち。甘いマスクと卓越した体躯で「角界のベッカム」と称された琴欧洲勝紀や、強烈な突き押しを武器に長年幕内上位で活躍した碧山亘右の雄姿は、今なおファンの記憶に鮮烈に焼き付いています。
土俵を去った彼らは今、どのような道を歩んでいるのでしょうか。日本国籍を取得して親方として後進の指導に当たる彼らの知られざる現在、日本に帰化を決意した真意、そして受け継がれる「ブルガリア勢」の系譜まで、徹底取材をもとにその現在地に迫ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:琴欧洲は引退後に鳴戸親方として独立し、東京都墨田区に鳴戸部屋を構えて幕内力士を育成中。
- 要点2:碧山は現役を退いて年寄「岩友」を襲名し、春日野部屋付きの親方として後進の指導に尽力。
- 要点3:彼らが日本国籍を取得した最大の理由は、大相撲の伝統を守り「親方」として生涯相撲界へ恩返しをするため。
【歴代最高位】「角界のベッカム」琴欧洲勝紀が成し遂げた欧州出身初の大関昇進
ブルガリア出身力士を語る上で、絶対に外せない存在が琴欧洲勝紀(本名:安藤カロヤン、旧名:カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ)です。202メートル、155キロという均整の取れた肉体と端正な顔立ちから、入門直後からメディアの注目を一身に集めました。
彼が日本相撲界にもたらした衝撃は、ルックスだけに留まりません。2002年11月場所に佐渡ヶ嶽部屋から初土俵を踏むと、驚異的なスピードで番付を駆け上がります。2005年11月場所後には、初土俵から所要わずか19場所という史上最速タイ(当時)記録で大関昇進を果たしました。これはヨーロッパ出身力士として史上初の快挙であり、歴代最高位の金字塔です。
2008年5月場所には、初日から圧倒的な相撲で白星を重ね、14勝1敗でヨーロッパ出身力士として史上初となる幕内最高優勝を達成。賜杯を抱いて男泣きした姿は、日本中のファンの胸を打ちました。怪我に苦しみながらも大関の座を47場所維持し、2014年3月場所に惜しまれつつ現役引退を発表しました。
【琴欧洲の現在】鳴戸親方として相撲界に刻む情熱と鳴戸部屋の育成哲学
引退後の琴欧洲の現在は、年寄・鳴戸親方として自らの相撲部屋を率いる堂々たる師匠の姿にあります。2017年4月、師匠である先代佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻)の教えを胸に独立し、東京都墨田区に鳴戸部屋を創設しました。
鳴戸親方が推進する指導法は、角界でも極めて先進的です。自身の経験を踏まえ、科学的なトレーニングやデータ分析、栄養学に基づいた食事管理を積極的に導入。伝統的な稽古の厳しさを重んじつつも、怪我の予防や論理的な技術指導を徹底しています。
その育成哲学は見事に結実し、モンゴル出身の欧勝馬をはじめとする関取を次々と輩出。稽古場では自ら廻しを締めて熱心に胸を出し、言葉の壁を越えて弟子一人ひとりと真摯に向き合う姿が日常となっています。異国の地からやってきた青年は今、日本相撲界を底辺から支える重鎮指導者として揺るぎない地位を築いています。
【碧山亘右の歩みと現在】怪力突き押しで土俵を沸かせた関脇のセカンドキャリア
琴欧洲に続き、角界の第一線で長きにわたり存在感を放ったのが碧山亘右(本名:古田亘右、旧名:ダニエル・イヴァノフ)です。2009年7月場所での初土俵以降、胸板の厚さと規格外の怪力を生かした強烈な「突き押し相撲」でファンを魅了しました。
最高位は関脇まで上り詰め、三賞を通算4度受賞。重戦車のような立ち合いからの突っ張りは、横綱や大関陣にとっても大きな脅威でした。大相撲の激しい土俵で30代後半まで幕内・十両の土俵を務め上げ、2024年9月場所をもって現役引退を決断しました。
気になる碧山の現在ですが、引退後は日本相撲協会に残り、年寄「岩友」を襲名。名門・春日野部屋付きの親方として、若手力士の育成に情熱を注いでいます。現役時代の豪快な取り口とは対照的に、温厚で面倒見の良い人柄で知られる碧山は、自身の相撲人生で培った「立ち合いの踏み込み」や「押し込みの極意」を若い衆に丁寧に伝授しています。
ブルガリア出身力士一覧|レスリング王国が生んだ土俵の巨漢たち
なぜバルカン半島に位置するブルガリアから、これほど屈強な力士たちが誕生したのでしょうか。その背景には、ブルガリアが世界有数のレスリング出身アスリートを抱える「格闘技大国」である歴史が存在します。
大相撲の土俵に足跡を刻んだ歴代のブルガリア出身力士を整理すると、彼らが共通してハイレベルな組み技のバックボーンを持っていたことが分かります。
【大相撲ブルガリア出身力士一覧】
・琴欧洲勝紀(最高位:大関/佐渡ヶ嶽部屋)
レスリング欧州ジュニア王者から大相撲へ転身。欧州勢初の幕内優勝と大関昇進を達成した先駆者。
・碧山亘右(最高位:関脇/田子ノ浦部屋→春日野部屋)
10年以上のレスリング経験を持ち、アマチュア相撲でも活躍後に来日。破壊力抜群の突き押しで三役へ昇進。
・虎来欧(最高位:序二段/鳴戸部屋)
本名エルヴァンド・ギディジャン。レスリング経験を活かし、鳴戸親方を慕って入門した次世代のブルガリア出身力士。
レスリング仕込みの強靭な下半身、胴の強さ、そして至近距離での体の使い方が、大相撲の土俵でも強力なアドバンテージとなったことは間違いありません。
なぜ日本国籍を取得したのか?異国の地で親方として生きる覚悟と理由
琴欧洲も碧山も、現役時代に母国ブルガリアの国籍を離れ、日本国籍取得(帰化)を選択しています。生まれた国への愛着がありながらも、なぜ彼らは国籍変更という人生最大の決断を下したのでしょうか。
その最大の理由は、日本相撲協会の規定にあります。大相撲において、現役引退後に親方(年寄)として協会に残り、弟子を指導したり部屋を興したりするためには、「日本国籍を有すること」が絶対条件と定められているためです。
単なる資格取得のためだけではありません。琴欧洲はかつて帰化に際し、「相撲という日本の素晴らしい伝統文化に人生を救われ、育ててもらった。その恩に報いるため、一生をかけて相撲の道を極め、弟子を育てたい」と語っています。碧山も同様に、家族とともに日本社会に深く根を下ろし、第二の故郷である日本への忠誠と愛情を誓って国籍を取得しました。彼らの帰化は、相撲人として骨を埋める覚悟の証なのです。
新星・虎来欧の挑戦と大相撲外国人力士が切り拓く未来の土俵
琴欧洲と碧山という2大巨頭が土俵を去った後も、ブルガリアの血脈は途絶えていません。現在、鳴戸部屋には若手力士の虎来欧が所属し、関取の座を目指して厳しい稽古に励んでいます。
彼にとって、師匠である鳴戸親方は母国の偉大なる英雄であり、目標そのものです。鳴戸部屋という最高の環境で、相撲の基本動作である四股や鉄砲を徹底的に叩き込まれ、心技体の成長を続けています。
大相撲外国人力士を取り巻く環境は、かつてハワイ勢やモンゴル勢が席巻した時代を経て、ヨーロッパ、中央アジアなど多様な地域へと広がりを見せています。その中でブルガリア出身力士が築いた「礼儀正しく、真摯に相撲道へ打ち込む姿勢」は、角界における国際化の模範例として高く評価され続けています。
【ブルガリア出身力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:琴欧洲は現在、どこで何をしていますか?
A1:琴欧洲勝紀は現在、年寄「鳴戸親方」として東京都墨田区にある鳴戸部屋の師匠を務めています。大関経験者としての知見と最新のトレーニング理論を融合させ、欧勝馬をはじめとする関取・幕内力士の育成に尽力しています。
Q2:碧山は現在も相撲協会に残っていますか?
A2:はい、残っています。碧山亘右は2024年9月場所で現役を引退した後、年寄「岩友」を襲名しました。現在は春日野部屋付きの親方として、若手力士への技術指導を行っています。
Q3:なぜブルガリア出身力士は相撲が強いのですか?
A3:ブルガリアが伝統的なレスリング強国であることが大きな要因です。琴欧洲も碧山もレスリングで培った強靭な足腰や体幹、柔軟性を持って角界入りしたため、プロの激しいぶつかり合いにも耐えうる下地が整っていました。
まとめ:土俵に刻まれたブルガリア勢の魂と次世代への継承
異国の地・日本へと渡り、言葉や文化の違いを乗り越えて大関、関脇へと上り詰めたブルガリア出身の力士たち。彼らの歩みは、単なる外国人力士のサクセスストーリーに留まりません。
現役引退後も日本国籍を取得し、鳴戸親方、岩友親方として土俵の伝統を次代へ伝える指導者となった姿は、相撲道を生涯の道として選んだ真の武道家の姿そのものです。鳴戸部屋で汗を流す虎来欧をはじめとする弟子たちが、師匠の背中を追って大舞台へと羽ばたく日が期待されます。 (出典: ブルガリア 出身 力士(Yahoo!ニュース))