永瀬廉の入所日はいつ?西畑・正門との絆や驚きの応募秘話を徹底解説
King & Princeのメンバーとして、そして日本を代表する実力派俳優として唯一無二の輝きを放ち続ける永瀬廉さん。クールで端正なビジュアルと、関西弁で紡がれる飾らない人柄のギャップは、多くのファンを魅了して止みません。
トップアイドルとして確固たる地位を築いた今、改めて注目を集めているのが彼の「原点」です。芸能界入りのきっかけとなった驚きのエピソードや、関西ジャニーズJr.時代に苦楽を共にしたかけがえのない仲間たちとの絆など、知れば知るほど胸を打つドラマが隠されています。本稿では、永瀬廉さんの入所日にまつわる秘話からオーディションの裏側、盟友たちとの現在地までを詳しく紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:永瀬廉の入所日は2011年4月3日。当時12歳(中学1年生)で芸能界の門を叩いた
- 要点2:応募の動機は母に釣られた「全自動鉛筆削り」であり、本人は乗り気ではなかった
- 要点3:同期には西畑大吾や正門良規がおり、強い絆で結ばれた「同期卍会」は現在も健在である
【公式記録】永瀬廉の入所日は2011年4月3日!当時の年齢と状況を振り返る
永瀬廉さんの公式な入所日は2011年4月3日です。1999年1月23日生まれの彼は、当時12歳。小学校を卒業し、ちょうど中学校へ進学する直前の春休みという節目のタイミングでした。
父親の仕事の都合により、幼少期から東京、名古屋、北海道、大阪など全国各地を転々とする転勤族として育った永瀬さん。引っ越しを繰り返す生活の中で培われた柔軟性や人当たりの良さは、後のアイドル活動にも大きな武器となりますが、大阪に拠点を移して間もないこの時期に、彼の人生を大きく変える転機が訪れることになります。
オーディションが開催されたのは、大阪城ホール。Hey! Say! JUMPのコンサート公演前に行われた大規模なオーディションで、関西一円からアイドルを夢見る少年たちが集まりました。しかし、会場にいた無数の候補者たちの中で、永瀬さん本人の胸中は周囲と全く異なるものでした。
「鉛筆削りで釣られた?」永瀬廉が明かした驚きの入所理由と母親の策略
華々しいキャリアを歩むトップアイドルでありながら、永瀬さんの入所理由はファンの間でも語り草となっているほどユニークです。発端は、息子の将来性を確信していた母親が、本人の知らないところで事務所へ履歴書を送ったことでした。
書類選考を通過し、届いたオーディションの案内。しかし当時、芸能界に1ミリも興味がなかった永瀬少年は「絶対に行きたくない」と猛反発したといいます。人前に出ることが得意だったわけでもなく、休日は友達と遊んでいたかった年頃の少年にとって、オーディション会場へ行くことは苦痛でしかありませんでした。
そこで母親が繰り出したのが、巧みな交換条件でした。「オーディションに行ったら、欲しがっていた全自動の鉛筆削りを買ってあげる」。
当時、最新式の全自動鉛筆削りを熱望していた永瀬少年は、その甘い誘惑に負けて会場へ行くことを決意します。「鉛筆削りのために足を運んだ」というこの飾らないエピソードは、肩肘を張らない彼らしい原点として今も広く愛されています。
過酷だったオーディション当日|ダンス未経験の少年が流した悔し涙
全自動鉛筆削り目当てで向かったオーディション会場でしたが、現実は甘いものではありませんでした。会場となった大阪城ホールには、すでにダンススクールで鳴らした実力者や、キラキラとした野心を抱く少年たちがひしめき合っていました。
ダンス経験が完全にゼロだった永瀬廉さんは、振付師から矢継ぎ早に出される指示にまったくついていけず、立ち尽くす時間も長かったと振り返っています。周囲との圧倒的なレベル差を肌で感じ、プレッシャーと悔しさから涙を浮かべそうになる場面もありました。
それでも、審査員の目を奪ったのは彼が生まれ持った圧倒的な華と、端正な顔立ち、そして何より物怖じしない凛とした佇まいでした。技術面では未完成そのものでありながら、磨けば光る原石としての輝きは群を抜いており、見事に合格を勝ち取ることとなったのです。
奇跡の世代!西畑大吾・正門良規ら「同期卍会」の豪華メンバーが集結
2011年4月3日に入所した関西ジャニーズJr.の顔ぶれは、後にエンタメ界を揺るがす「奇跡の世代」と呼ばれるようになります。その中心にいたのが、永瀬廉さん、西畑大吾さん(現・なにわ男子)、そして正門良規さん(現・Aぇ! group)の3人です。
同じオーディションを通過し、厳しいレッスンを共に乗り越えてきた3人は、ファンの間で「同期卍会」の愛称で親しまれています。グループの垣根や東西の壁を越え、現在に至るまでプライベートでも親交が深いことで有名です。
「卍会」というインパクトのあるネーミングは、3人が集まったときのノリの良さや飾らない関係性から生まれたもの。年齢や所属グループが変わっても、3人で集まれば一瞬であの頃の関西の少年に戻れるという彼らの絆は、過酷なエンタメ界において互いを支え合う精神的支柱となってきました。それぞれの現場を観劇し合ったり、誕生日を祝い合ったりする様子がメディアで明かされるたび、大きな反響を呼んでいます。
関西Jr.時代の挫折と飛躍|なにわ皇子結成からKing & Princeでの大成へ
合格後、関西ジャニーズJr.の一員として活動を始めた永瀬さんは、2012年に大きな転機を迎えます。西畑大吾さん、大西流星さんとともに、伝説のユニット「なにわ皇子」を結成。Kin Kan(向井康二さん、平野紫耀さん、金内TypeValueさん)とともに『まいど!ジャーニィ〜』などの番組を中心に瞬く間に絶大な人気を獲得しました。
しかし、父の転勤に伴い、高校進学を機に拠点を東京へと移すことになります。関西で苦楽を共にしてきた仲間たちと離れ、完全アウェイの東京Jr.の輪に飛び込む決断には、計り知れない葛藤と孤独が伴いました。「関西の仲間を置いて東京へ行くことへの申し訳なさ」を抱えながらも、永瀬さんは前を向くことを選びます。
東京移籍後はMr.KINGのメンバーとして頭角を現し、2018年にKing & PrinceとしてCDデビュー。華々しいデビューの裏には、関西で培った泥臭いハングリー精神と、別々の道を歩むことになった仲間たちに恥じない生き方を貫くという強い覚悟がありました。
2026年現在の活躍と原点|盟友たちと誓い合った夢の続き
King & Princeが新体制となって歩みを進める2026年現在も、永瀬廉さんはグループの主軸として、そして俳優として第一線を走り続けています。主演ドラマや映画での繊細な演技力が高く評価され、日本アカデミー賞をはじめとする数々の栄誉を手にしてきました。
同時に、かつて同じオーディションを受けた西畑大吾さんはなにわ男子の絶対的センターとして国民的人気を誇り、正門良規さんもAぇ! groupの屋台骨として単独ドーム公演を成功させるなど、それぞれが頂点へと上り詰めました。
2011年4月3日、大阪城ホールの一角で出会った少年たちが、約15年の歳月を経てエンタメ界のトップで肩を並べているという事実は、ファンにとって何物にも代えがたいロマンです。「誰かが活躍すれば誇らしく、同時に負けていられないと思える」と語る彼らの関係性は、少年時代の偶然の出会いが本物の運命へと昇華した証と言えます。
【永瀬 廉 入所 日】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:永瀬廉の入所日は具体的にいつですか?
A1:公式入所日は2011年4月3日です。大阪城ホールで行われたオーディションに参加し、事務所入りを果たしました。
Q2:入所当時の年齢と学年はいくつでしたか?
A2:当時12歳で、小学校を卒業して中学校へ入学する直前の春休みでした。
Q3:同期にはどんなメンバーがいますか?
A3:なにわ男子の西畑大吾さんや、Aぇ! groupの正門良規さんが同じ2011年4月3日入所の同期です。この3人はファンの間で「同期卍会」として広く知られています。
Q4:入所のきっかけが「全自動鉛筆削り」というのは本当ですか?
A4:事実です。母親が勝手に履歴書を送ったため本人は参加を嫌がっていましたが、「オーディションに行けば全自動鉛筆削りを買ってあげる」と言われて会場へ足を運びました。
まとめ:2011年4月3日から始まった永瀬廉の物語は新たなステージへ
母に差し出された鉛筆削りをきっかけに、右も左も分からぬまま飛び込んだ芸能界。2011年4月3日という日は、一人の少年が過酷で華やかなアイドルロードへと足を踏み入れた、歴史的な始まりの日でした。
関西Jr.時代の悔し涙、なにわ皇子での躍進、上京に伴う葛藤、そしてKing & Princeとしての栄光――。その歩みは決して平坦なものではありませんでしたが、常に誠実に、目の前の仕事と仲間き合い続けたからこそ、現在の輝きが存在します。
2026年を迎えた今もなお、西畑大吾さんや正門良規さんら同期との絆を胸に、進化を止めない永瀬廉さん。あの春の日に蒔かれた小さな種は、大輪の華となってこれからも多くの人々の心を照らし続けます。 (出典: 永瀬 廉 入所 日(Yahoo!ニュース))