さんま「ブラックデビル」誕生秘話!高田純次代役が生んだ昭和の伝説
1980年代の土曜8時、日本中のテレビ画面を熱狂の渦に巻き込んだ伝説のバラエティ番組『オレたちひょうきん族』。その看板コーナー「タケちゃんマン」で、ビートたけしの最強のライバルとして君臨した怪人こそが、明石家さんま演じる「ブラックデビル」です。
全身黒タイツに身を包み、耳をピコピコと動かしながら甲高い奇声を上げる怪異なビジュアルは、当時の子どもたちを虜にしました。しかし、この昭和お笑い史に輝く不朽のキャラクターが、実は「高田純次の急病による代役」という偶然のアクシデントから誕生した事実をご存知でしょうか。お笑い界の勢力図を根底から塗り替えた、奇跡の誕生秘話と伝説の真相を追います。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ブラックデビルは本来高田純次が演じる予定だったが、収録直前のおたふく風邪による病欠で明石家さんまが急遽代役を務めた。
- 要点2:体型が合わないブカブカの黒タイツと独特の引き笑い、ビートたけしとの台本無視のアドリブ合戦が爆発的な化学反応を起こした。
- 要点3:ブラックデビルの大ヒットが後の「アミダばばあ」などの名物キャラを生み、明石家さんまが「お笑い怪獣」へと飛躍する決定打となった。
【運命のアクシデント】高田純次の急病が生んだ「代役ブラックデビル」の真相
1982年4月、「THE TAKECHAN-MAN(タケちゃんマン)」のコーナーに新たな敵役として設定されたのがブラックデビルでした。当初、この怪人にキャスティングされていたのは、劇団東京乾電池で頭角を現していた高田純次です。実際に初期のパイロット的なシーンや第1回目には高田純次が出演していました。
ところが、本格的な収録が始まろうとした矢先、高田純次が突如としておたふく風邪(耳下腺炎)を発症し、高熱のためスタジオに来られない緊急事態に陥ります。生放送に近いタイトなスケジュールで動いていた現場に、代役探しの猶予はありませんでした。そこで白羽の矢が立ったのが、当時ひょうきん族のレギュラーとして頭角を現していた若き日の明石家さんまでした。
「とりあえず1週だけの穴埋め」として急遽スーツを着せられたさんま。しかし、この窮地のアドリブ登板こそが、番組のみならず日本のテレビバラエティの歴史を大きく変える転換点となりました。後に高田純次本人がバラエティ番組などで「おたふく風邪で1回休んだら、さんまちゃんに役ごと全部持っていかれた」と自虐ネタとして語るほど、鮮烈な交代劇だったのです。
【台本崩壊の伝説】タケちゃんマンとの果てしなきアドリブ対決が生んだ名場面
さんま版ブラックデビルが視聴者に強烈な衝撃を与えた最大の要因は、ビートたけし演じるタケちゃんマンとの規格外の掛け合いにありました。当時の台本には大まかな筋書きしか書かれておらず、2人がカメラの前に立つと、予定調和を完全に破壊するアドリブ合戦が開幕したのです。
さんまが鋭いツッコミや愚痴を交えながら攻撃を仕掛ければ、たけしも悪ノリで応戦。スタジオの小道具やセットを破壊するのは日常茶飯事で、ディレクターの三宅恵介やプロデューサーの横澤彪ら制作陣まで巻き込んで笑いに変えていきました。数分で終わるはずの戦闘シーンが10分以上も延々と続き、互いの私生活の暴露や楽屋ネタまで飛び出す展開は、当時のテレビ界では極めて異例でした。
ライバル番組だったTBSの『8時だョ!全員集合』が徹底的に作り込まれた緻密な公開生コントだったのに対し、『オレたちひょうきん族』が見せた「何が起きるか分からない生の緊張感と解放感」は、若者層を中心に圧倒的な支持を獲得。アドリブ対決の名場面の数々が、土曜8時の視聴率戦争をひっくり返す原動力となりました。
【象徴的な笑い声と衣装】「クワーッ!」の怪鳥音とブカブカ黒タイツの秘密
ブラックデビルの強烈なインパクトを語る上で欠かせないのが、奇妙極まりないビジュアルと耳に残るサウンドです。全身を覆う漆黒のタイツ衣装は、もともと体格の良かった高田純次のサイズに合わせて制作されていました。そのため、痩せ型だった明石家さんまが身につけると布地が各所で余り、シワだらけのブカブカ状態になってしまったのです。
本来なら悪の組織の恐ろしい怪人のはずが、どこか頼りなく情けないシルエット。しかし、さんまはこのハンデを逆手に取り、ピコピコと動く耳の仕掛けやマントをバタつかせながら、情けなくも憎めないコミカルなキャラクターへと昇華させました。
さらに視聴者の耳にこびりついたのが、あの「クワーッ!」「ヒャッヒャッ」という甲高い笑い声です。息を吸い込みながら声を絞り出す独特の「引き笑い」や怪鳥のような奇声は、ブラックデビルの登場を告げる合図として定着。現在に至るまで明石家さんまのトレードマークとなっている笑い方の原型は、まさにこの怪人のマスクの下で研ぎ澄まされたものでした。
【子どもたちが熱唱】ブラックデビルの歌と歌詞が巻き起こした社会現象
キャラクターの人気が爆発すると、音楽面でも大きなムーブメントが巻き起こりました。作中で頻繁に使用されたイメージソング「ビックリ箱のうた」の替え歌をはじめ、ブラックデビルをテーマにした楽曲群は当時の小学生の間で爆発的な流行を見せます。
「♪ぼくの名前はブラックデビル、黒い悪魔だブラックデビル…」と歌い踊るキャッチーなメロディと歌詞は、翌週月曜日の学校の教室や校庭で合唱される定番ネタとなりました。悪役でありながら子どもたちから敵視されるどころか、ヒーローであるタケちゃんマンと同等、あるいはそれ以上のアイドル的人気を獲得した点も極めて異例です。
レコードのリリースやグッズ展開など、現在でいうメディアミックスの先駆けともいえる熱狂が形成され、ブラックデビルは単なるコントの脇役を遥かに超えた時代のアイコンへと登りつめました。
【アミダばばあへの進化】明石家さんまが生み出した歴代伝説キャラクターの軌跡
ブラックデビルとしての役目は、1982年冬、物語の中でタケちゃんマンに敗れ去り、氷漬けにされるという壮絶な結末(後に歴代怪人として復活する演出もあり)をもって一区切りを迎えます。しかし、この成功によってフジテレビ制作陣は「明石家さんまの怪人プロデュース能力」の凄まじさを確信しました。
ブラックデビルからバトンを受け継ぐ形で誕生したのが、あの伝説の「アミダばばあ」です。アミダくじの衣装をまとい、桑田佳祐が作詞・作曲を手掛けた名曲「アミダばばあの唄」とともに日本中を席巻したこのキャラクターは、ブラックデビルで培ったナンセンスとお笑いの破壊力をさらに進化させたものでした。
その後も、何を聞かれても「何ですか?」と返す「ナンデスカマン」、カタツムリの殻を背負った「知っとるケ」、パーの手を頭に乗せた「パーデンネン」など、さんまが演じる歴代キャラクターはいずれも社会現象を巻き起こしました。そのすべての出発点であり、落語家出身の若手芸人だった明石家さんまを天下のスターへと押し上げた原点こそが、ブラックデビルだったのです。
【ブラック デビル さんま】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ブラックデビルはなぜ高田純次から明石家さんまに交代したのですか?
A1:初代として出演予定だった高田純次が、収録直前におたふく風邪(急性耳下腺炎)を発症して休演したためです。スタジオにいた明石家さんまが急遽1回限りの代役としてスーツを着たところ、予想外の大爆笑を巻き起こしたことで、そのまま正式な2代目としてレギュラー定着しました。
Q2:ブラックデビルの特徴的な「クワーッ」という笑い声は最初から決まっていた演出ですか?
A2:台本に指定されていたものではなく、明石家さんまのアドリブから生まれたものです。ブカブカの衣装の情けなさに合わせて発した奇声や、さんま特有の引き笑いがキャラクターの不気味かつコミカルな魅力と合致し、定番の決めポーズおよび笑い声として定着しました。
Q3:ブラックデビルはその後、特番などで復活したことはありますか?
A3:番組終了後も数々のスペシャル番組で復活を果たしています。『FNSの日・27時間テレビ』やビートたけしとの共演企画、さらには各種CMなどで限定復活し、そのたびに世代を超えて大きな話題を呼びました。
まとめ:昭和のお笑い革命「ブラックデビル」が残した偉大な遺産
偶然のアクシデントと、それを見事にチャンスへと変えた明石家さんまの瞬発力によって生まれたブラックデビル。予定調和を嫌い、カメラの前で命懸けのアドリブをぶつけ合ったビートたけしとの激闘は、テレビコントが持っていた最高の熱量を今に伝えています。
型にはまらない自由な笑いと、どんなハプニングをも極上のエンターテインメントへと変えてしまう力。昭和から令和の現在に至るまでトップを走り続ける「お笑い怪獣」明石家さんまの原動力は、あのシワだらけの黒タイツを身にまとった瞬間から、すでに放たれていたのです。 (出典: ブラック デビル さんま(Yahoo!ニュース))